自己肯定感✨

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人生を歩むうえで、自己肯定感って大切ですよね。
でも自己肯定感って、その時によって上がったり下がったりすることがありませんか?
私は専業主婦で、子供が小学校に上がり自立していくにしたがって、自分の自己肯定感はだだ下がりでした。
でもまた最近は上がってきましたよ。

最近聞いたのは「あなたは生きてここにいるだけで素晴らしい!!」という言葉です。
この言葉、信じられますか?
私は、本当にそうかもしれないなぁ…と思います。
五体満足に生まれ、心臓は勝手に動いてくれて、脳もたぶん健康で、好きなように動くことができる。
このこと自体が奇跡で、私がここにいること自体に感謝すべきことなのだなぁと思うようになりました。
そう思ったら、「私ってすごいじゃん!生きてるってすごいじゃん!」って思うのです(*^^*)

人間って、とかく他者からの評価で自分を評価しがちなのですよね。
でも「生きてる私って素晴らしい」を基本に、動いてくれる心臓に、脳に、手足に感謝して、私の周りのいてくれる人や物に感謝したとき、自己肯定感っていうのは勝手に上がっていくものなのかもしれません。
今はそんな風に思います。

でもね、子供のころってとかく親の評価が自分の評価につながりがちです。
私自身がそうだったと思います。
そして、私も3人の子育てをしてきましたが、これまでは重箱の隅をつつくようにダメなところを指摘することが多かった、と反省しています。
特に長女、次女に対してはそうかもしれません。
だから、これからはダメだしではなく、「あなたが生まれてくれて良かった❤ありがとう!」という気持ちで接していきたいなと思います。

三女についてはまさに生まれた時からそんな感じで、そこにいるだけで可愛くて♡可愛くて♡という感じでした(^^;)/
だから三女の重箱は最初から丸くて、ほとんどダメだしをしたつもりはありませんでしたが、最近、姿勢を正すように言うのですが、言うとむしろ姿勢を悪くする、という反抗期の中学2年生になりました💦
まったくもう!姿勢については必要に応じて言い続けるつもりです!!

私自身のことに関して言うと、両親はとても心配症で厳しかったです。
母は日々のことに厳しく、特に中高生以降はお手伝いをしてもあまり褒めてもらった記憶はありません。
父はある時期までは、目に入れても痛くないって程に可愛がってくれましたが、小学校高学年くらいから、私はそんな父が鬱陶しくて避けていましたっけ。
中学の時には「お父さんの言うとおりにしていれば、人生は間違いないのだから、お父さんの言うことだけを聞いていなさい」と言われ、猛反発したことを覚えています。
結果(?)、私は父の望む道には進まず、結婚も駆け落ち同然でしたが、それでも雨が降って地が固まって(笑)、今は私自身は何のわだかまりもなく、両親に感謝しています(*^^*)
両親も私に「ありがとう」とよく言ってくれます♡
(主人は私の父に色々思うことがあるようですが、それでも父の仕事も手伝ってくれているし、感謝ですね❤❤)

そんな私の幼少期は、自身のない子供でした。
小学校の時、私は自分を根暗だと思っていました。
先生が静かにしなさいと言えば、静かにしているタイプで、そういう時にワイワイやれる友人たちが羨ましかったのを覚えています。

そんな私が開花したのは高校2年生の時。
というか、私は私立の中学に入ってから、自分らしくいていいのだと思えるようになりました。
私の合った中学校だったのだと思います。

私が入学したのは、付属小学校のある、中高一貫の女子校でした。
決めるにあたっては、母が3校を示し、2月1日はココ、2日はココ、3日はココを受験するのよ、と言い、この中でどの学校に行きたい?とパンフレットを見せられました。
確か母は1日目の学校がお気に入りだったのですが、私は3日目の学校が気に入りました。
パンフレットをぱっと開いたときに見た芝生の写真が気に入ったのです。
それから、制服のベレー帽も!
そして母からは、3校の中ではここの偏差値が一番高いと聞きました。
「じゃあ、私、ここに行きたい!」と嬉しくなったのを覚えています。

結果的に私の行きたい学校に合格でき、合格発表の時にはパンフレットで見た芝生を駆け回ったのを覚えています。
任意だった制服のベレー帽も作ってもらい(笑)!でも、誰も被ってなかったので、1度も被ったことはありませんでした(爆)‼

そんな中高に入学して思ったのは、「私は根暗じゃないんだ」ってことでした。
先生の言うこと聞くのは、その学校では当たり前のことで、それができることの方が良しとされる学校でした。
そして、勉強を真面目にやるのは普通なこと、でした。
それが私には合っていたのかもしれません。
(高校に上がると、すっかり勉強はサボってしまいましたが…(^^;;))

そして自己肯定感を育んでくれたのが、友人たちでした。
「普通にしている」自分を受け入れてくれる友人たちがいました。
ずっとそういう友人たちがいてくれたのですが、高2の時、部活の部長を決めるにあたって、部活のメンバーだけでなく、部活外の友人からも「部長はあなたしかいないよ」と言ってもらったことは、私の人生最大の栄誉と言っても過言ではないかもしれません。

アラフィフになった今、「生きているだけで素晴らしい」と思えるのも、やっぱりこの時の友人たちの支えがあったからこそかもしれません。
だからこそ、私は我が子たちにも『自分の母校』を見つけてほしくて、中学受験をさせたのです。
我が子たち3人は、今それぞれに『母校』があります。時に「宿題が多い!!」とか文句を言いながらも、みんな、自分の学校に愛着を持っています。
そして高校を卒業した長女はやはり『母校』の有難さを実感していると思います。

中高で培われた自己肯定感、そして、私も母として我が子を慈しみながら、自己肯定感をしっかり持って、彼女たちの自己肯定感の向上のお手伝いをしていきたいな、と思います。

でも!最後は、誰が認めるでもなく、自分自身が「生きているだけで奇跡なのだ」と感謝を持って自分を見たときに、自然と自己肯定感が沸き上がってくるのだろうと思います。
私自身もこれからは周りにもっと感謝して、自己愛を高めていこうと思います。

本日もお付き合いありがとうございました。

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