完璧じゃなくて良い✨

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そうだ!完璧じゃなくてもいいんだ!

前回のブログで次女が泣き出したことを書いた。
「完璧にできないのが人間だよ」という趣旨のことを娘に言った。
本当にそう思って言ったのだけれど、実は自分自身にはその許可を出していないことに気づいた。

完璧でなくてもいい、と言いながら、私はかつての後悔から
「二度とあんな想いはしたくない。だからこの先は後悔しないように生きよう」と決めた。
そしてその後は全般的に実行できて来たと思う。
だけど最近、なにか心がぞわぞわしていて、なんでだろう…と思っていた。

いや、別に大したことではないのだけれど、この1年、翻訳の勉強をしてきて、特に特許翻訳の勉強にある時期相当な意欲を持って取り組んでいた。
正直、それをこなすことは私には簡単ではなかったのだけれど、集中的に頑張った甲斐あって、ある時期から厚い雲から薄日がさして、少し視界が明るくなって来ていた。そして勉強も楽しくなってきた。
ところがここにきて、どうにもやる気が出ない。
やる気が出ないというか、やりたくなくて仕方がない。
でも特許翻訳の講座は継続中だ。

どーしよー。やりたくないよー。でも中途半端に辞めたら後悔するかもしれない。

後悔だけはしたくない。

出来ることをやらない自分が許せない。

なんだか辛い…。

以前の翻訳の講座の先輩に言われたことがある。

「翻訳者になれるかなれないかは、最後は覚悟の問題だ。
あなたは生活に困っている訳じゃないから、翻訳者になってもならなくてもいいんですね。
楽でいいですね」と。

そいう言われて、正直悔しかった。
悔しい…ということは、私は翻訳者になりたい、ってことなのか???

なんかそんな風に思って、ここまで頑張ってきたところもある。
けれど、特許翻訳の勉強が今は楽しくなくなってしまった。
ここまで歯を食いしばって頑張ってきたのに。

歯を食いしばって頑張って、そして…歯の神経が死んでしまった。

おおぉぉぉーーーー。なんてことだ。
一体、私は何をしているのだ⁉
なんのための勉強なんだ???

そう、なんかそんな感じで思いがグルグルしちゃって、苦しくなって、すべてを(翻訳に関わるものだけだけど…)捨ててしまいたくなったのだ。

で、昨日、たまたま友人とおしゃべりをしているときに、お友達に「完璧主義なんじゃない?」と言われたのです。
そうなの。
そうなの!!
そうなんだ! 私、いまだに完璧主義だった! だから苦しいんだ。
だけど…後悔したくないんだもん。

でもはたとひらめいた!

私はかつて大きな後悔をしたことがある。だから、二度とあんな想いはしたくないと思って生きてきた。
だけど、その結果、今はどう??
私は欲しい幸せを手にしている。
素敵な旦那さまと、3人の可愛い娘たちと、可愛いワンコと、優しい義母と、ちょっと頑固な両親(笑)がいて、勉強したいと思えば勉強できる環境がある。
なんて幸せなんだ!!

つまりは、「大きな後悔」のお陰で、今の幸せはあるのだから、逆説的に言えば、「大きな後悔をしたっていい」ってことじゃない!?✨

これまでも「失敗したっていい」「つまずいたっていい」って思ってたけど、「大きな後悔をしてしまっても、それでもいい」のではないかと思った。
苦しかったけどね…辛かったけどね…。
でもその経験があって、もっと大きな、大切なものを知ることができたし、そのおかげで今があって、幸せがあるんだもん。
だから、「後悔」を恐れる必要はないのかもしれない。

なんだか、そう思ったら、心が軽くなった。
軽くなると、特許翻訳の勉強もまたできるような気がしてきた。

「本当に辞めたいなら辞めていい」

そう思ったら…、いつでも辞めていいんだ…、って思ったら、じゃあ、もうちょっとだけ頑張ってみようかなと思えた。

正直なところ「後悔」は怖い。
でも、本当に後悔を恐れなくなったら、心からの幸せが訪れるかもしれない。

後悔への恐れを手放す…!✨

いや、難しい(笑)!! いや、恐ろしい(笑)!!
人生って面白い!

子供のころ、人は何故生きるのだろう?と思ったことがある。
いずれ死んでしまうのに、何故人は頑張って生きるのだろう、と。
数年前まで、今死んでしまっても別に悔いもないなぁ…なんて思っていた時があるのだけど、いやいや、まだまだ生きるよ!と思えるようになっている。

何故生きるのか…それは、心からの幸せを知るためかもしれない。

『幸せはいつも自分の心が決める』~相田みつを~

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